気が付けば私は、日本の自分の部屋にいた。



28.記憶



見慣れた木目の天井に一瞬どこだか解らなくて、夢かと思ったものの足の裏に伝わる畳の感触に、本当に自分の部屋なのだと実感した。
しかし何故ここにいるのだろう。
考えをめぐらせて、ふと目の前に落ちてきた自分の黒い髪を見て気が付いた。

「あぁ、そうか・・・」

「力が暴走したのか」と呟いてその髪を耳へとかける。
の紅は彼女の力を制御するものだった。
と違っては己の力を上手く制御できなかったのだ。
日本にいた時は、元々土地の四方結界により自然と制御できていたのだが、外国ではそうもいかないための仕様だ。

一体どれだけ眠っていたのだろうか、襖を開けると空はまだ薄暗く東方が明らんでいた。
ホグワーツの最後の記憶はの優しい笑顔にの泣き顔、そして彼らの怯えた顔。

「ははっ」

右手で顔を覆って乾いた笑いをする。
面白いものだ、今まで自分を見下していた奴らが今度は自分に恐怖し腰を抜かしていたのだから。
しかし、いい気味な筈なのに、こんなにも悲しいのは何故だろう。

「――……お腹空いた」

そんな不可解な感情から気を逸らす様に腹が鳴る。
この時間なら佐恵さん(母が子供の時から仕えてくれている家政婦だ)が、既に朝食の準備をし始めているだろう。
案の定、台所では佐恵さんがせわしなく動いていた。
声をかけようか躊躇したが腹の虫には逆らえず、怖ず怖ずながらも名前を呼んだ。
振り返った佐恵さんが動きがピタリと止み、数秒してから嬉しそうにの手を取った。

「まぁまぁまぁ! 目が覚めたのですね、早速旦那様と奥様にお伝えしなくては!!」
「今じゃなくても良いよ、寝てるだろうし。それよりお腹空いてて・・・、そうだな」

チラリと台所を見る。
おみそ汁はまだ具が切り分けられている途中で、魚は先ほど火にかけられたところのようだ。
米だけはしっかりと炊かれているらしい。

「久しぶりに佐恵さんの塩むすびが食べたいな」

佐恵さんは大きく返事をして、手際よく塩むすびを作ってくれた。
二つ作られたそれは白く輝いていて食欲を一層に誘う。
はおむすびの乗った皿を受け取った。

「そういえば、今日って何月何日?」

冷蔵庫からポットに入ったウーロン茶を拝借しながら問う。
佐恵さんは背中越しに笑いながら返した。

「12月27日ですよ。クリスマスは過ぎてしまいましたね」

は「ゲェ」と漏らす。
過去にも何回か眠りにつくことはあっても精々一週間前後だと言うに、まさか一ヶ月近くも眠っていたとは。
我ながらよく寝るもんだと考えながら、佐恵さんに礼を言うと一つ、おむすびを頬張り部屋へと戻った。

よっぽど腹が減っていたのか、は部屋に付く前におむすびを二つともたいらげてしまった。
部屋に付くと皿を机の上に置き、茶を一杯飲む。
フッと息を付くと再び縁側へと出た。
もう大分日も昇っている、中庭の真っ白な雪が暁色に照らされて、反射して輝く光が眩しかった。
そこにゆっくりと腰を下ろして目を閉じた。
雀の声が懐かしい。
たった三ヶ月だけだというのに、その三ヶ月がとても長く感じられた。
その三ヶ月に色々なことがあった。
西洋魔法は全部とはいかなかったが、多く覚えられた上、懐かしの旧友にも会えた。
まさか虐められるとは思ってもみなかったが。

の思考にシリウスがチラ付いた。
彼らはあの後どうなったのだろう。
別に彼らがどうなっても構わない筈なのに・・・。

青痣だらけの腕をかざして目を細める。
よく考えれば彼らも、ホグワーツの連中も、自分も馬鹿だった。
声を大にして言えばよかったのに、足掻き、彼らの誤解を解けば良かったのに。
甘んじて彼らの制裁を受けた自分は本当に馬鹿だ。
そして何より、再びを傷付けてしまった。
記憶に微かに残る彼女の自分を呼ぶ声に、返してあげられなかった。

……」

再び聞こえる幻聴に、自傷気味に笑う。
俯いて手で顔を覆った。

――泣きそうだ・・・。

ちゃん」

確かに聞こえる声に反射的に顔を上げる。
声のした方を見れば、そこには幻などではない、本当のがいた。
茫然と立ちつくしていたは何かを言いかけて、躊躇う。
どこかバツが悪そうに視線をから反らす。

――あぁ、あの時と同じだね――

そう、思った。
あの時も彼女は自分の身代わりとなってくれた。



は両手を広げてへと伸ばした。

、大丈夫だよ。私、全部思い出したから」

は驚いてを見る、は優しく微笑んでいた。

「ごめんね。助けに来てくれて、ありがとう」

はその大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて、に飛び込んだ。
嗚咽をこらえて力強く抱き締める。
自分を抱き締めてくれるその腕が痛いのに、それが嬉しくて、先に声をあげて泣いたのはだった。





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UP/06.06.28