「ちゃんのバカ! 寂しかったんだからぁ」
目覚めたにそう泣かれてしまえば、頷くことしかできなかった。
20.異変
あれから一週間が過ぎて、が獅子寮生を襲ったことはもちろん、を虐めたという罪まで擦り付けられて全生徒に伝わっていた。
それからというもの、ますますに対する嫌がらせは悪化するものの、にはリリーらが空く暇なくついている姿が見られたので、自身は随分と安心していた。
ただ一つ気に掛かったのは、彼ら悪戯仕掛人のことだ。
今まで、どれほど暇なのかと聞きたくなるくらいにに構ったり、に嫌がらせをしていた彼らの行動がピタリと止んだのだ。
それは嬉しいことなのだが、にはむしろ恐ろしく思えた。
何かとんでも無いことをしてくるのではと、いつも以上に神経を尖らせていた。
何故奴がここにいるのだろう。
休日の今日、は気分転換をしに裏庭へと来ていた。
ホグズミードへ行っても良かったのだが、あそこはホグワーツの生徒が多く行くし、人が多いと休むものも休まらない。
の誘いを断って、読みかけの本を手にここまで来た。
11月の中頃のここは、既に辺り一面雪で覆われており、冷たく澄んだ空気が気持ちよかった。
雪を踏む感覚に久しく胸を踊らせていたは、目の前の人物を見て高揚していた気分を一気に陥落させる。
シリウス・ブラックがこの寒い中、ローブ一枚だけ羽織って木にもたれ掛かりながら座っていた。
何故ここに奴がいるのだろう、再びは思った。
何故こいつはホグズミードへ行っていない。
何故蛇寮側の裏庭にいるのだ。
頭を抱えて大きなため息をつく。
嫌みを言われる前に帰ろう、そう思って踵を返すと規則正しい呼吸――寝息が聞こえた。
振り返ってみれば、確かに彼のその灰色をした両の瞳は瞼で覆われている。
は音を立てないように近づいて、彼の前にしゃがみ込む。
「(黙っていれば、綺麗なのにね…)」
女子生徒が騒ぐのも解る気がする。
長いまつげに白い肌、漆黒の髪、整った顔のパーツ。
それらを眺めながら心の中で呟いた。
指先でなぞってみればとても滑らかで、女の自分が恨んでしまうくらい。
「んっ…」
彼が身じろぎをして我に返った。
手を離して立ち上がる、勢い余って二、三歩後退りしてしまう。
は髪を掻きむしった。
一体自分は何をしていた?!
嫌いな彼に、自ら手を触れるはずがない!!
混乱した頭を落ち着かせようとしたが、考えれば考えるほど訳が分からなくなる。
「んぁ、誰だ…?」
心臓が、大きく鳴った。
彼が起きてしまい、ここから逃げ出そうにも足が云うことを利かない。
「……?」
ちゃんと見えていないのか、目を擦りながら呟く。
カッと、顔が熱くなるのを感じた。
の時よりも、大きな、大きな石が自分の中に落ちる。
息が詰まる。
シリウスはようやく覚醒してを見ると、すぐに嫌そうな顔をした。
はそれを見て、足が勝手に動いていた。
手にしていた本をも投げ出して。
走って走って走って、気が付けばホグズミードまで来ていた。
に会いたい、溢れる人をかき分けてたった一人の姉を捜した。
やっとの事で見つけた彼女に、ホッと胸をなで下ろす。
声をかけようと、その光景を見てハッと息を呑んだ。
リリー達と楽しそうに笑う、半分開いた口をキュッと結ぶ。
また、石が落ちた。
重たい心で再確認する。
あの子は変わってしまったのだと。
再びは駆けだした。
誰もいない奥の方へと、今どこにいるのか解らなくなるほど走り続けた。
息が切れて、倒れるように膝をつく。
そこは森の中で、昼間なのに暗くてカラスの不気味な鳴き声が響いている。
うずくまると震える体をギュッと抱き締めて、ハッハッと今だ上手くできない呼吸で酸素を吸う。
「誰か…、助けて…」
弱々しいの悲鳴はカラスの鳴き声に掻き消された。
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UP/05.12.22