とても消えそうに言ったに、セブルスは身を震わせた。



10.事実



は机に視線を移して、一つ一つ思い出しながら言った。

「私の家は、日本の魔法族でも有名な旧家で、はそこの跡継ぎなの」

「おどろいた?」肩をすくませて笑うに、セブルスは頷かずにはいられなかった。
チラリと横目でを見る。
未だに兎を捕まえられずにいるは、到底そのように見えなかった。

「私は跡継ぎじゃないけれど、そのおかげで小さい頃から共に英才教育を受けてきたわ」

ノートを破ってそこにサラサラと字を書いた。
それはポンッと音を立て、蝶へと姿を変えるとヒラヒラと宙を舞った。

も、私も。ほとんど日本魔法は会得しているわ。ココへは社会勉強かしらね」

パチンと指を鳴らすと、それはもとへと戻り、机の上へと墜ちる。
それを手にとって指先で弄んだ。

は、あぁ見えて優秀よ。五歳の時に、既に式神が使えてたもの」

じっと、指先の紙を見つめてそれを手の中に納めた。
両の手の親指をそれに当て、ぐっと力を込める。

「でも、ある日事件は起きた」

ビリッと、音を立ててそれを破る。
人差し指を立てて、赤い炎を出したに、無惨にも二つになったそれは灰となる。

「七歳の時…」

は、息が詰まるのを感じた。
言ってしまって良いのかと、迷う。
が、言わなければ何も変わらないのだと、自分に言い聞かせて、机に右肘をついた。
その右手の平で目を覆うと、声を絞り出す。

「…誘拐、……された」

声が震えていた。
それは悲しみなのか、怒りなのか。
目の前の彼の息が、一瞬詰まったのを気配で感じる。

を使って、魔法界の乗っ取りですって」

はっ、と息を付くように笑った。

「バカみたい、一人の力でこの世界を乗っ取ろうなんて!」

ギュッと、左拳を握りしめる。
爪が食い込んで、少し、血がにじむ。

「幸い、事件は大事になる前に片づいたけれど。の心には大きな傷が付いたわ」

右の手で、そのまま髪をかき上げる。

「助かった時のは、ボロボロの傷だらけで…。どんなに話しかけても、人形みたいになっていて」

その事を思い出して、じわりと目頭が熱くなる。
泣くなと、指先で眉間を押さえる。

「だから、大人達はに忘却術をかけて、その時の全ての事を消し去った」

大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。

「前みたいに笑ってくれるのに、一週間はかかったわ」

は、左拳で机を叩く。

「いつも…、いつも側にいたのに!私はを守れなかった…!」

「……だから、お願い。」

やっと、顔を上げてセブルスを見る。
弱々しげに微笑んだ彼女は、本当にあの気丈ななのかと、セブルスは疑った。

「もう、二度と。にそんな思いはさせたくないの…。だからお願い、を護ってあげて」

うつむいて、ポツリと続けた。

「私はもう、…無理だから」
「ぇ…「いやぁ、カップに戻せば良かったんだねぇ。失敗、失敗」

話を終えたちょうど、がマグカップを抱えて戻ってきた。
は顔を上げて、先ほどとは違う、いつもの笑顔でを迎えた。
が席に着くと、は腕時計を見て「あぁ、」と小さく嘆く。

「ごめんね、。私これから用があるの」

すまなそうに席を立つと、机の荷物を束ねて小脇に抱える。
スネイプの横を過ぎる時、小声で言った。

「あとは、任せたわ」

一瞬何の事かわからなかったが、すぐにの事だとわかった。

「…っ!」
ちゃんっ」

セブルスがするより早く、を呼び止める。
ゆっくりと振り返ると、辛辣な顔のが途惑いながらも尋ねた。

「明日も、…来るよね」

は何も答えず、ただ笑うだけで、早足に帰って行った。
の顔は、の笑顔を見ても晴れる事はなく、じっと、の去った場所を見つめているだけだった。



その日から、のもとに来る事はなかった。





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UP/05.11.19