「んっ……。」
ツン、とする薬品の臭いが、の鼻を刺激した。
04.覚悟
まだしっかりとしない頭で瞼を開けると、柔らかなランプの明かりが目に入った。
「気分はどうだい?」
かけられた声の方に視線だけやると、そこには懐かしい人物がいた。
「…」
「覚えててくれたんだ」
ハハ、と笑うその人物は、自身がまだ幼少の頃。
家族ぐるみで親しかった人物だ。
実際の所、こうして顔を合わせたのは五年以上も前の事だったが。
記憶にある人物とは違い、自分以上はあると思われる身長に、大人びた顔つき。
まるで知らない人の様だと、は思った。
「疲れた、おなか空いた…」
それだけ短く答えると、少しだけ笑って、マダムを呼んだ。
「過労ね、日頃ちゃんと寝てるかしら? 女の子なんだから無理しちゃだめよ。まぁ、食欲があるなら大丈夫ね」
マダムはそれだけ言って、すぐに奥の部屋へと行ってしまった。
それを見届けると、は未だ気怠い感じのする体を起こしてへと向かった。
「道理で日本で見かけないはずだわ。ホグワーツにいただなんて」
「両親がここの出身なんだ。食べるかい、おなか空いてるんだろ?」
横の棚からミートパイが二切れ、入った皿を取る。
は頷いて一つ、手に取った。
その時、目に入った蛇寮色のネクタイを見て、目の前の人物も自分と同じ寮生なんだと気付く。
「貴方もスリザリンなのね」
「あぁ。帽子に言われてしまったよ。欲が深いってね」
戯けて言うに思わず笑ってしまう。
「私も。大切なもの以外には容赦がないみたい。あれは一種の心理テストね」
嫌だわ、と言って一口かじる。
サクサクとした食感と鼻を抜ける香りがとても美味しかった。
「…彼らは、相手にしない方が良い」
突然、がポツリと呟いた。
「彼?」
「Mr.ブラック」
名を挙げると、の動きがピタリと止まる。
眉を顰めて明らかに不機嫌だ。
「知っているの?」
「こっちはね。あちらはどうだか」
肩を竦めて言った。
「いくら君自身がその他大勢より強くても、彼らは別だ。血筋自体が純血に、取り立て彼らは優秀、加えあの度量。彼らが本気になれば君が勝てるかどうか…」
しばらくお互い何も言わず、沈黙の時が流れたが、それを先に破ったのはだった。
「その事は、理解しているわ。今回の事でよく分かったもの。自信はあったんだけどね…」
世界は広いわね、そうため息をついた。
しかし、挑む様な目でを見据える。
「それでも、あがらおうとするのが人間じゃない?」
その問いに、は少し間をおいて、フと笑った。
「ま、無理は禁物という事で。今日はここで寝なよ。同室の子には僕から言っておくから」
席を立ち、部屋から出ようとしたを、が呼び止めた。
「さっきのは――! 忠告かしら、それとも……」
は途惑った様子のを見て、笑いながらも答えた。
「予言、とでも言っておこうか」
背を向けるとひらひらと手を振ってその扉を閉めた。
暫くその場を見ていたは、手にあるミートパイを大きくかじり、ニヤリと口の端をあげた。
「上等!」
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UP/05.10.25