ちゃん!」



02.理由



授業が終わり、次の授業へと向かおうとしているを呼び止めた。
振り返らなくても分かるその声の主は、双子の姉だった。
走って追ってきたのであろう、その頬を朱く染めていた。
の所まで来ると、一度肩を大きく揺らして深呼吸すると、共に歩き始めた。

「さっきはありがとう」

魔法薬学の授業での事だ。
にはが自分を庇った事を、ちゃんと分かっていた。

「でも減点されたね、ごめん」
「ううん、あのまま答えられなかっただろうし。結局減点されてたもの。ちゃんと勉強してなかったアタシの自業自得」

そう言って笑うので、もつられて微笑んだ。
突然、ゴォ、と音を立てて風が吹いた。

「ったぁ〜…」

は片目を手で覆った。
突風を顔面で受けた為、砂埃が目に入ってしまったのだ。
それを手で擦り落とそうとする彼女を、慌ててが止める。

「擦っちゃだめよ! 水で洗わなきゃ」
「そ、そっか」

目が痛いのがつらいらしく、ポケットから符を取り出すと、急いで印を記した。

「待って、。それ…!」

が止めるのも虚しく、は符を使ってしまった。
とたんに、言葉の通り、バケツをひっくり返した様な水が、に降りかかる。
あたりに潮の香りが漂った。

「印が間違ってる…」
「うぇ…、海水になってるぅ」

海水の痛みも含め、ポロポロとの瞳から涙がこぼれる。
は呆れて、一つため息をつくとハンカチを差し出した。
その時、大きな手に、手首を捕まれる。
二人が驚いて顔を上げると、そこには綺麗な顔をした男が、を睨んでいた。

「シリウス君…?」
「お前、何やってんだよ」
「え」

ブラックの問いに眉をひそめた。
自分はただ、海水に濡れた姉を拭こうとしているだけなのだから。

「何、泣かせてんだ、って言ってんだよ!」
「っつ…!」

グイ、と腕を引き上げられる。
強く握られた手首に痛みを感じ、から悲鳴が鳴った。

「ちょ! ちょっと待って、シリウス君。何か誤解してる!!」
「現に君は泣いているじゃないか」
「そうだよ。あんな非道な奴、庇う事ないよ」

いつの間にか、ポッターとルーピンがを取り囲んでいた。
おそらくのこ三人は、を泣かせたと思い込んでいるのだろう。

ただ、は、ブラックの瞳にほかの二人とは違う、何かを感じた。
この瞳は“の敵”ではなく、“自分の敵”に対して向けられた、そう、自分と同じ瞳。

「あなた―――が好きなの―――?」

ブラックは図星をつかれたらしく、頬が赤く染まる。
それと同時に握られていた手が緩んだのをみて、は勢いよく振りほどいた。

「『から離れて!」』

が叫ぶと、ブラック達は耳の奥が熱くなるのを感じ、体が勝手に後退りし始めた。

「『そのまま、近づかないで」』

今度は金縛りの様に体が硬直して動かない。
はそれを確認すると、に耳打ちをする。

私の事、弁解しなくて良いからね
「―――え…、なんで―――?」

は、解らない、と首を横に振る。

「何でそんな事言うの…? ちゃん…」

いつの間にか止まっていた涙が、再び頬に伝った。
は何も言わず顔を逸らす。
その後、三人を鋭い目で見ると、冷たく笑った。

「次の授業が始まるわ、は―――、その姿じゃ出られないわね。部屋に戻った方がいいわよ」


最後に「さよなら」と、付け加えて踵を返す。
後ろから姉が悲痛な声で自分を呼んだが足を止める事はなかった。



彼らの姿が見えなくなった所で、は壁に凭れ、崩れる様に座り込んだ。
今まで溜め込んでいたモノを吐き出す様に息を付き、胸を上下させて呼吸する。
重たくなる瞼を、頭を振って覚まそうとするが、逆に頭が痛くなってしまった。

「無理してあの三人に言霊を使うからだよ」

揺る声に顔を上げたが、目が霞んで誰だか解らない。
かろうじて見て取れる金の髪と、心地良いその声はどこか懐かしく思えた。

「大分疲労している様だね」

暖かい手が頬に触れる。

「よく…、頑張ったね。眠ってもいいよ…」

その言葉を聞くと、瞼を閉じて深い、眠りについた。





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UP/05.10.08