部屋に入った途端、鼻をくすぐる芳ばしい薫り。



30.昔話



に連れられて来たシリウス等は、嗅ぎ馴れない少しきついその薫りに目眩がおきる。
部屋の中には一つの机に長ソファーが二つ、机を挟んで向かい合っている。
並んだ棚には隙間無く詰められた本と、透明な瓶。
窓はないのに、まるで太陽の下にいるかの様に明るく、モノトーンで占められたそれらが更にくっきりと浮ぶ。

促されるままにソファーに座った。
シリウス等はぽかんとその部屋を眺めている間、は座らず棚からカップを四つ取り出す。

「生憎、此処には珈琲しかないんだ。紅茶に馴れた君等には悪いけど。……構わないかい?」

そういわれて、この薫りは珈琲なんだと気付く。
別に飲めないわけでは無いので頷いた(リーマスは少し迷っていた様だが)。
確認すると棚にある一つの瓶を取り出した。
中には珈琲豆が詰まっていて、が指を鳴らすと下僕妖精が姿を現す。

「Mr.ブラックはノンシュガー・ノンミルク、Mr.ポッターはミルク入り、Mr.ルーピンは甘め。僕のは解ってるね」

丁寧に一人分ずつ注文して、先ほどの瓶を渡す。
頷いた妖精は再び姿を消した。

シリウス等は唖然とした。
自分達の好みを知っていたこともだが、それ以上にこの部屋の存在だ。

「あの、鹿鳴館。この部屋は……?」

自分等はこの部屋の存在を知らなかった。
ホグワーツの全てを知り尽くしてあの地図を完成させたと思っていたのに。

は彼らと向かい合う様にもう一つのソファーに座った。

「僕の部屋、校長から特別に教えて貰った。魔法で鍵をかけているからね、君等が知らなくても当然だよ」
「でも何で僕たちを此処に……?」

リーマスが途惑いながら聞く。
は背もたれにもたれ掛かって足を組む。
そしてニヤリと妖しく笑った。

「誰にも聞かれたくない話をするから」

彼等はごくりと、生唾を飲み込んだ。
は少し考える様な仕草で顎に手をやる。

「何から話そうか……、そうだね。昔話とか」

いつものシリウスだったら、こんな偉そうな蛇寮生が目の前にいれば即行で殴りかかるのだが、ただじっと他の二人と同様にの言葉を待った。
の口から出たのはこんな話だった。





少女がいた、少女はただじっと自分の片割れを見ていた。
黒い髪をした少年はそんな少女のそばに来た。
出来るだけ静かに来たつもりだが、音のないこの部屋では煩いくらいにそれは響く。
黒髪の少年は少女の隣に立つ、少女の顔は見なかった。
少女もまた見なかったが、その少年が誰だか知っていた。
少女に取ってこのような雰囲気を持つ者は一人しか知らなかった。

「セブルス君……」

視線は外さずに呟く様に言った。
この部屋には少年と少女二人の他にもう一人。
金の髪をした少年がいるのだが、彼に聞かれても良いことなのだろう。
金髪の少年もまた、その様子を受け入れて何も言わずに眠っている少女の傍らに、黙って座っていた。

少年は返さなかったが少女は続ける。

「私は、また、守れなかった……!」

涙は、出ていない。
ギュッと握り拳をつくり、我慢している様にも見える。
金髪の少年は、少女が何のことを言っているか分らなかった。
そして黒髪の少年は気付いた、少女の台詞に異を感じたことを。

「――『また』?」

『昔々あるところに、とても可愛らしい双子の女の子がいました。彼女たちはその小さな身体内に強大な力を秘めていたため、悪人に狙われていました』
目を少しだけ見張り、問うた。
少女を見たが、その黒い髪で顔が隠され表情は解らない。
少女はポツリポツリと、まるで独り言のように言う。

「あの時。セブルス君、ちゃんから聞いたよね。私達の過去」

金髪の少年が小さく反応したが、二人は気付いていない。
金髪の少年は内心焦っている。
自分がその場にいた事、隠れて聞いていたことを、この二人に気付かれてはいけない。
出来るだけ表情は変えないように、二人の会話に聞き耳を立てる。

『双子はそれでも幸せに暮らしていました。しかしある日事件は起こったのです』
黒髪の少年は頷いた。

「自分はお前を守れなかった……と、言っていた」
「知ってる、聞こえたから」

『双子の片割れが誘拐されてしまったのです』

「ううん、聞いてたんだ」

少女は首を横に振る。
膝の上で作られている握り拳は小さく震えていた。

『とても恐ろしい目に遭ったのでしょう。助け出された時の片割れは、笑うことは愚か泣くことさえ出来ない状態になっていたのでした』

「恐かった」

声も次第に震えてゆく。
思い出したくないというように、瞼を閉じて下唇を噛んだ。

「表情が無くなるほど、だったらしいな……」
「違う! 私が恐かったのはちゃんが笑わなくなること!!」

少女は声をあげて黒髪の少年を見た。
少女の瞳は悲しみに揺れ、声は部屋の中で木霊した。
金髪の少年は驚いて少女を見、少年もまた息を呑んだ。

「ちょっと待て、

『それを哀れに思った大人達は、その片割れの記憶を封印しました』

は、大人達がお前の記憶を消したと言っていた……。なのに何故お前は覚えている?!」

少女は顔を歪める。

「……違う」

『そして残された片割れは心に決めたました。この子を守ろうと』
少女は呟きながら顔を手で覆う。

「アレは私じゃない!!」





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UP/06.07.18