とあるマンションの最上階、小さな男はその扉を静かに開けた。
中にはいると、共にいた女が同じように音を立てずに閉める。
男の名前は「フェイタン」、女の名前は「マチ」という。
彼の幻影旅団の一員である二人が、何故こんな所にいるのかというと、
「とはまだ寝てるか?」
「だからあたしらが起こしに来てんでしょ」
愛しい恋人を起こしに来たのだ。
二人は靴を丁寧に脱ぎそろえ、居間へと足を運ぶ。
以前、土足のままで入ったら「ココは日本領域だ!」などと、訳の分からない理由でに怒られた事がある。
文化の違いというのは何とも面倒くさいものだ。
ちなみに、何故二人がとを起こしに来るのかというと、とはよく寝る。
今も時計の針が、昼の二時を回ったところだ。
低血圧なせいもあってか、寝起きが悪い。
故に団長より「恋人なんだから、起こしてこい」と命令されている。
この団長命令も、最近職権乱用だとか横暴だとか思いだしたのは嘘じゃない。
マチが居間の遮光カーテンを開けると、居間まで暗かった部屋が強い光で照らされる。
灰の一色塗りのカーテンに黒の革ソファーにガラステーブル、大型テレビが一台あるだけのこの部屋は、生活感があるのかないのか随分と半端である。
フェイタンはそんな部屋を少しだけ眺めた後、奥の寝室へと向かう。
ココは部屋が四室ある、内一室はゲームやマンガの部屋、二室は互いの自室となっている。
自室があるのに寝室があるのは、自室が私物で溢れ、人一人寝る隙間もないからだ。
寝室を覗けば部屋の真ん中にキングサイズのベッドが一台あるだけで、他には本当に何もない。
ベッドのちょうど真上にある天窓からは、光がカーテンのように降り注いでいる。
フェイタンは無言で近付くと、シーツをはがす。
そこにはとが寄り添って(むしろ、がを抱きかかえるようにして)眠っていた。
ぴくりとフェイタンの眉毛が微かに動く。
いくら双子といえど男と女、しかもはTシャツ一枚に下着だけの姿だ。
(曰く、「楽だから」だそうだ)
いつか一線を越えてしまうんじゃないかと、密かに危惧している。
フェイタンはだけをベッドから蹴り落とした。
ゴン、と頭を打つ音がする。
これが起きている時なら「アホになっちまうだろうが!」と怒鳴られるが、今ならそんな事も無い。
大体、元からアホなのだからこれ以上アホになることは無いだろうに。
「ささと起きるね」
腹を踏みつけながら言うと、「ぐぇっ」とうめき声を出して体を起こす。
「んー…?」
声でない声で返事をした。
覚醒していないようだ、瞼が半分閉じている。
「マチもいるよ、起きるね」
「んー…」
再び眠り出しそうなにため息をつく。
仕方なしに手を引いて立ち上がらせると、背中を軽く押して居間へと向かわせる。
はフラフラとおぼつかない足取りで寝室から出て行った。
「ん…っ」
今だベッドの中にいるが、小さく身をよじる。
「、寒い…」
先ほどまでいた弟を捜して、の手が空を掴む。
その手を取ってベッドに肘をついた。
「も起きるよ」
「やぁ…」
眉を顰めながら「寝る」と呟いている。
フェイタンはまた、ため息をついた。
「ため息付くと幸せが逃げるんだぞぉ」
が寝返りをうちながら、にへらとしまりの無い顔で口にする。
――こいつ実は起きてるんじゃないか?――
呟きながらシーツを拾い、の隣に入り込んで上からかける。
ぬくもりを見つけたはフェイタンにしがみつくと、再び小さな寝息をたてた。
本当は起こさないといけないのだが、たまには良いかとフェイタンもを抱き締めて瞼を閉じた。
そんなある日の昼の午後。
UP/06.05.04