まだまだ、冷たい風が吹くこの季節。
けれど、日の光は確かに暖かい兆しをを見せていた。







3月、雪は溶け始め華が咲き出すこの季節。
獅子寮の談話室は未だに暖炉に炎がともっている。
ビルは中央のテーブルに備え付けられている椅子に腰掛け、真紅のハードカバーの本を開いていた。
獅子寮色のネクタイに燃える赤髪、ここまで赤が似合う者がいただろうか。
並べられたミミズのような細かい文字を、視線だけ流して呼んでいたところ、

「ビルー」

名前を呼ばれた。
顔を上げて見れば、密かに恋心を抱いている少女、が。
暖炉に向かったソファーに座って、上半身だけをこちらに向けて手を振った。

「ちょっと、来い」

命令形ですか?
命令形です。

はは、と苦笑すると手にしていた本をパタンと閉じる。

が来なよ」

そう言い返すと「めんどい」の一言だけ返される。
そこから一歩も動く気配はなく、仕方ないと腰を上げてそちらへ向かう。
近くまで行くと、座れと言うかのように自分の隣をポンポンと叩いた。
その通りに座ると、ピッと自分の左手を挙げる。

「手」
「え? あ、うん」

と同じように右手を挙げると、それに合わせるようには掌を重ねた。
突然の事にビルは心臓が跳ね上がる思いをした。
平静を保とうと、必死に自分を落ち着かせるさなか、自分もまだまだ青いなぁと感じる。

「ふぁっ、やっぱり大きいねぇ」

は合わせた手を見て小さく呟いた。
確かに、の手は人に比べて小さかった。
その小ささは、男のビルと比べると一層小ささを感じさせる。
現にの中指先は、ビルの中指の第一関節と第二関節のなかくらいだ。

「……ぇぃ」
「うぉぅ!?」

何を思ったのか、はビルに指を絡ませた。
握手という形ではなく、指を指の間に滑り込ませる、いわゆる『恋人繋ぎ』の形だ。
はそれを、無言で握る。

もしかして…、

「手フェチ?」
「ううん、腰フェチ」

即答したに、ビルは力が抜けるように「あ、そう…」と返す。
よりにもよってそんな濃い処をと。

「あ、腰フェチをナメンな」

キッと、視線を強くする。

「腰はな、細腰が良いんだぞ。こうウエストから広がりすぎずスッと流れるラインが…」

身振り手振り説明するに、ビルはため息をつく。

いやいやいや、そこまで熱弁しなくて良いから。

心の中でつっこみながら、離れた手を寂しく思う。

「じゃなくて!」

怒ったように声を上げて、膝に乗せていたクッションを殴る。
それは、ボスッと音を立ててへこむ。

「何で、そんなに手がでかいんだ! 君は!」
「何でって言われても…、君こそ何でそこまで手の大きさが気になるの?」

小さい手も可愛いじゃないか、と言うと。

「だって手が大きいと身長伸びるって言うじゃないか」

俺は犬ですか?

「や、冗談。ほら、手の大きさだけでリーチの差が出てくるじゃんか。高いところのモノとか取る時に」

確かに、と頷く。
の背は日本人のせいあってか、同年代より随分と小さい。
台を使うという方法があるのだが、それはのプライドがなさないようで。

「じゃあさ」

この機会を僕が逃すはずがない。



「僕が取ってあげるよ。の届かないところは」



しっかりと、印象づけしなければ。

は一瞬だけ目を丸くして、すぐに不信気に目を細める。

「なんだそれは、嫌みか!」
「そうじゃなくて〜…」

どうやらには俺の気持ちが届かないらしい。
涙出てきそうだよ。

「あー、もう」

ポスンと、がビルの膝に寝転がった。

「君が言ったんだからね、絶対取らせてやる!」

そう言われて、ビルは思わず微笑んだ。



先は長そうだが、今はコレで良いか。





「ビルー、紙が無いんだー。そこの棚にあるから取ってー」
「いくら僕でも女子トイレには入れないよ!!」






UP/05.11.23