「ワンコ!」

毎朝、この時間。
彼女は、犬の俺の下へ来てくれる。



黒と白と。



事の始まりは、雪の降り積もる11月の終わり。

まだ、アニメーガズに成り立ての俺は、運悪く森の獣に襲われて怪我をしていた。
フラフラになりながらも、やっとの事で校舎に辿り着いた時は、朝日が白い雪に反射して眩しかった。
寮に戻ろうにも、犬の姿じゃあ戻れないし、人間の姿でもこの傷だらけの姿をどう説明すれば良いものか。
腹が減ってるのもあって、丸まって動けなくなっていた時だった。

「こんにちは」

突然、俺の目の前に現れたのがだった。

「あ、この時間じゃ、おはようか」

そう言って笑い、白い息が風に乗って流れた。
俺はただその目を見開いて、を記憶の中から探していた。

確か、は日本という小さな島国から、異例の編入生としてやって来た。
組み分けの時は、余り興味がなかったから、どんな様子だったとかは全然覚えていない。

初めて顔を合わせたのは10月頃で、図書館だった。
俺は、闇魔術の防衛術のレポートを仕上げにやって来たところ。
俺が気に入っているいつもの席に、はリリーといた。
馴れない英語に途惑いながら、羊皮紙にあちこち黒い染みを作っていた。
俺が声をかけると、小さなその身を大きく震わせ、羊皮紙をグシャグシャにしながらリリーの陰に隠れた。

「この子人見知りなのよ」

リリーがそう言っていたのを覚えている。

故に第一印象は小さくて脅えてる感じ。
それが少しだけピーターと重なった。

それからは全くと言って良いほど関わりがなかった。
だから今、こうしてまじまじと、を見るのは初めてだ。

「ワンコ寒い?」

はそう尋ねて自分の首に巻いていた獅子寮色のマフラーを、俺に巻き付けた。

「綺麗な毛だね、ふわふわ」

ふれた手は冷たかったけれど、とても優しかった。

不意に、ぐ〜・・・と、腹が鳴る。

は少しだけ吹いて、肩にかけていたその身とは不釣り合いな大きな鞄をあさった。

「食べる?」

取り出したのは、クルミパン。
小さく頷くと「よしよし」と笑って、それを半分にした。
その半分を俺によこし、もう半分は小さく千切っていた。

「ちょっと待ってね」

そう言うと、は森へと向かって口笛を吹く。
高い、その音色は少しだけ木霊して空へと吸い込まれていった。
しばらくの間、静かな時が流れたが、次第に木々が揺れ始める。
突然、わっと、リスや鳥などの小動物がへと飛び込んできた。
遅れて鹿や熊や、ケンタウロスまでが顔を出した。

「あはははは、みんなお待たせ」

先ほどのパンを地にまくと、一斉にそれへと飛びかかる。
大動物には新たなパンを差し出していた。
滅多に人前に出ないケンタウロスや、獰猛な熊までがおとなしくしている様を見て、俺は目を疑った。

ただ、揺れる黒髪と、輝く雪で。

彼女が天使に見えた。



「あぁ、もうこんな時間だ」

は腕時計を見て、小さくため息をつくと俺の方を向いた。

「アタシね、いつもこの時間ここに来るの。良かったらワンコも来てね」

「マフラーはワンコにあげる」そう言って、は校舎に向かって掻けていった。



俺は彼女に恋をした。






UP/05.10.23