01.


 先の大戦、大魔王バーンを倒して勇者は消えた。

 残された仲間が勇者を捜す旅に出て二年。信じられないことに勇者は魔界の王となっており、魔界・地上・天界が共に平和条約を結ぶのに一年。
 この世界に本当の平和が訪れたのは、小さな少年が勇者の称号を得てから約三年後のことだった。

 それからというもの、レオナ姫は彼の勇者と婚姻を約束すると、先の大戦より世界を復興させるべく女王としパプニカの王位を継承。
 勇者から魔王の称号を得たダイは、魔界に住まう魔族達をおさえるべく頻繁にとはいかないが、暇を見つけては愛しの婚約者の元へ来ている。
 マァムは武術を止め自国でシスターに、メルルは国へ戻り占い師の跡を継いだ。
 ヒュンケル、ヒム、クロコダインはレオナの計らいによりパプニカの軍団長就任。
 ラーハルトはまだ幼い主人のために代わりとして魔界を指揮。
 ポップはパプニカの宮廷魔導師になり、その膨大な知識と巧みな話術を買われ、レオナの右腕とし宰相の役目もこなしていた。
 もちろん魔物達も、デムリン島とパプニカを中心に人間と共存している。

 そして不思議なことに、散り散りになった皆が自然とパプニカに集まり楽しく時を過ごすのが日常となっていた。



 この広い城の中、片手に書類を持ったヒュンケルはとある部屋の前にいた。
 ここはポップが所有する部屋の一つだ。

 ポップは部屋を三つ所有しており、その内一つが書斎……と同化してしまった自室。元々ポップのためだけに与えられた書斎が有ったのだが、その主が何かと便利な様に自室へと運び込むうちに同化しまい、今や書斎と称されていた部屋はただの空き部屋だ。
 もう一つは地下にある研究室。例え宰相をしていようとも、あくまで『宮廷魔導師』である。個人の研究室が有ってもおかしくはない。
 そして最後がこの部屋、執務室である。

 ヒュンケルはその扉を軽くノックした。返事はないがそれはいつものことなのでお構いなしに開けると、昔と同じ緑の法衣を纏った少年が一人そこにいた。ポップは机の上に山の様に積まれた書類を、一枚一枚片していたところである。
 本来ならこの国の主、レオナもこの部屋で一緒に執務を行うのだが、レオナ自身は外国へ飛び回ることが多いので殆どポップだけの部屋となっている。

 ポップ誰かが部屋に入ってきたのもお構いなしにスラスラとサインを入れる。書類を流し読み、自分の名を入れ、パプニカ宰相である証明の判子を押す。馴れた手つきのその一連の動作は本当に早くて、ちゃんと書類を読んでいるのだろうと疑ってしまうが、無理や無駄があるものにはきちんとチェックが入れられているものだから驚きだ。

 そんな彼に声をかける。

 「ポップ」
 「おー、ヒュンケルか。どうした?」

 視線を外さずに返事をした。今まで共に戦った兄弟弟子だ、顔を見ずとも声だけで分かる。
 ヒュンケルは手にしていた書類を彼の目の前においた。

 「姫がこちらを先にして欲しいとのことだ」
 「げぇ、姫さん人使い荒いぜ……」

 今は女王なのだが仲間内では『姫』という呼び名が定着している。レオナ自身も、公的な場以外なら無理して呼び名を変えることはないと言っている。

 ポップはブツブツと不平を言いながらもその書類を手に取った。

 「姫さんは一体何してんだよ」
 「今はアバンと対談中だ」
 「先生来てんの!? かー、俺も先生と話してぇのに……」

 地団駄を踏みながらもその手を休めることはない。
 ポップの口からアバンのことが漏れたのにヒュンケルは密かに眉を顰めたが、彼がアバンを尊敬して止まないことは知っていたのですぐに元の無表情へと戻った。

 「なになに、『ロモスとの交易について』? これぐらい自分でやってくれよな……、えーと、これは問題なしっと。んで次は? 『魔物の市民権によるパプニカ国法の改定』ぇ!? 何考えてんだ姫さん! どんだけ法律見直さなきゃなんねぇと思ってんだよ。ヒュンケル、そこの本棚の……あ〜、二段目だっけか? 赤い表紙の本取ってくれ」

 そういって幾つかある本棚の一つを指差した。

 ここの部屋にも他の二室と劣らぬ位本がある。ただ他の部屋と違うのは、ここにある本は法律や歴史書など政に関するものばかりだ。
 ポップは一通りそれらを把握しているため、それに関してはヒュンケルも一目置いている。

 言われた通り、赤い本を取り渡す。

 「これか?」
 「お、サンキュー」

 受け取ったポップに内心ホッとした。いくら趣味が読書といえ、政治やらは畑違いだ。ポップにとって武器がどれも似た様なものだと思う(武器屋の息子な上冒険者だっただけあるか、軽視するつもりはない)のと同様に、ヒュンケルにとってはどれも同じに感じるのである。

 ヒュンケルはポップの小間使い的役割もこなしていた。軍団長と言えどヒムやクロコダインと交代制であり、兵士に指導するのも一・二時間程度で良いので案外暇なのだ。最初の内は瞑想や読書をしていたものの、せわしなく働く弟弟子を見て自ら志願したのである。当時レオナは怪訝な顔をしたものの、「ポップの力になりたい」と一言言うと、目を丸くした後姫として似つかわしくない大笑いをしてヒュンケルの肩に手を置いた。
 「良いわ、ポップ君のことは貴方に任せるわ。どうぞお幸せに」
と、ウィンクされて何のことだか分からなかったので尋ね返すと、
 「気付いてないの?」
 「何のことだ」
という会話になったのを覚えている。
 ヒュンケルは今でもレオナが言ったことが理解できていない。

 しばらくの間、本と書類とを交互に睨み付けているポップを見て当分終わりそうにないと思ったヒュンケルは、先に上がった書類を手にした。

 「何か欲しいものがあるか?」
 「あー、何か食い物はいい。腹減った」

 ポップの仕事は以外とハードで、食事を摂る暇さえままならない。ヘタすれば丸一日抜いてしまうこともある。

 ヒュンケルはそれを承諾すると早足にレオナの元へ向かった。





(ヒュンケルの役職は、正しくは『パプニカ騎士団長』です)
(↑といっても、私的設定ですよ。もちろん)
UP/06.07.06